戦争の危機

世界は戦争の危機にさらされていると言えるかもしれない。  アメリカと中国の対立がある。核心的利益=レッドラインという言葉は、「この線を超えると武力行使を辞さない」という警告である。中国は香港、台湾に対する政策を核心的利益と繰り返し唱えている。アメリカは南沙諸島のスカボロー礁に軍事基地を設けることをこの言葉で警告した。それ以外にもレッドラインに近い状況がいくつもある。 米中対立以外に、NATOをめぐる欧米とロシアの対立が、世界規模の戦争の危険性を孕んでいる。ウクライナやクリミヤ半島の紛争では小型の核を使用することも言及された。米中ロ以外に、世界は戦争の発火点となる事象が多数ある。イラン、シリア、アゼルバイジャンとアルメニア、ウクライナ、ベラルーシ、ミャンマー、パレスチナ、アフリカ諸国での紛争など、戦争・紛争が起こる可能性を孕んでいる。香港、台湾、南シナ海、ウイグル自治区、尖閣諸島、などの問題は解決よりも戦争という道に歩む可能性がある。起こった戦争が地域戦争で終わるか、あるいは人類の破滅につながるかという点にまで考察の対象としなければならない時期に至っている。  戦争の原因は国益の対立であるが、戦争と直結するものとしては、武器製造、武器輸出、核開発、サイバー戦争の準備、宇宙戦争、世界の警察活動などであるといえる。武器供与・輸出は、世界の戦争の危険性を増大させている。例えば、アメリカはバングラデシュの軍備の近代化を支援すると申し出ている。2019年、攻撃型ヘリコブター「アパッチ」やミサイル兵器のバングラデシュへの売却の話を進めている。アメリカからの購入額は2019年までの10年間で1億1000万ドルである。しかし、一方、バングラデシュの中国からの武器購入額は約29億9000万ドルである。覇権競争が武器輸出として世界の戦争体制につながっている。    武器輸入は戦争の危機への懸念材料である。武器輸入は常に戦争の直接の原因である。経済成長を遂げている国が、軍事費を増強し、武器輸入に走っている。カタールは、2000年から2010年で武器輸入が15.6倍、サウジアラビアが6.6倍になっている。ベトナムも6.7倍、インドネシアが2.5倍である。兵器のハイテク化も進んでいる。プーチン政権は武器の売り込みで外貨を稼いでいる。中国は軍の近代化を進めミサイル開発も進めている。同時に、1世代前の兵器を大量輸出している。日本は安倍政権が2014年から武器輸出を始めている。これらが世界の戦争・紛争の原因となっている。ロシアはインドに防空ミサイルシステム「S400」を売却しようとしている。売却が実現するとき、アメリカは高度な技術を使った武器輸出を制限せざるを得ない。  核兵器ということになると中国は280発である。ロシアとアメリカは7000発を超えている。核兵器の保有制限は、ロシアとアメリカ間の協定、新STARTによって制限されている。  戦争の危機は新しい兵器によってももたらされている。一つは、ドローンである。昨年、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官がドローンの攻撃で殺害された。ドローンは今や廉価なおもちゃに近いものとして普及し、先端兵器と比べ物にならない「ローテク」である。100ヵ国に広がりテロ組織でも戦術に生かされる危険性がある。テロ組織は250ドル程度の中国製の市販ドローンに手りゅう弾を搭載させて、攻撃をする戦術に出ている。  米中対立の中で、アジア地域におけるアメリカの優位が崩れている。戦闘機は、現在、中国がアメリカの5倍保有している。空母はアメリカが1隻に対して中国は2隻である。戦闘艦艇もアメリカ12隻、中国60隻である。世界の海域全体を見ると、アメリカは空母11隻で、戦力ははるかに大きい。しかし、いざという時、移動に時間を要することで対応できない。さらに、中国は、地上配備型の中距離ミサイルを2000発持っている。アメリカのインド太平洋軍はゼロで日本の自衛隊も持っていない。軍備費の増強が議論されることになる。アメリカは、約70兆円、中国は22兆円の軍事予算である。日本は5兆円で、GDPの1%。ヨーロッパのNATO加盟諸国はGDPの2%である。アメリカは同盟国・友好国との連携を主張している。  アメリカは世界の警察であった。オバマ大統領は、アメリカは世界の警察ではないと宣言し、トランプ大統領もバイデン大統領もその方針で、同盟を重視している。しかし、その発想は、世界の警察を放棄しているわけではない。  インド太平洋構想は、2015年安倍首相が提起した。「法の秩序」と「自由」の上に安全なインド太平洋を実現しようという呼びかけである。いくつかの障壁がある。最大の障壁は中国の海上進出である。法的秩序というのは、尖閣諸島やサプラトリー諸島の中国の動きが国際法に抵触するということを踏まえたものである。「自由で開かれた」というのは、海上封鎖に対抗する意図がある。当然、中国の海警法に対立することになる。それを実現するのは、アメリカ抜きではできない。オーストラリアとインドを抱き込んでも、実質的に実現するのはアメリカであり、世界の警察の一環と言えなくもない。アメリカの軍事力がこの地域を守るという姿勢の下で初めて実現できる構想である。 3月16日、ブリンケン国務長官とオースティン国防長官がどの国にも先駆けてまず日本を訪問して、来日して2プラス2の会談を行ったのは、もはやアメリカが中国に勝る軍事力をこの地域で持たなくなったことへの危機感によっている。NATOの協力やイギリスとの連携はすでに模索されている。それでも中国に軍事的に優位に立てない状況になっている。一つは自衛隊の増強ともう一つにはアメリカのこの地域への戦力の移動なくして中国に対抗し、アメリカと日本を含めたアメリカの同盟諸国の考える「平和への道」を開くことはできない。しかし、そもそもこれは武力的均衡でしかなく、一時的な戦争の回避としての平和でしかない。 バイデン大統領は、3月3日、中国を「国際秩序に挑戦する唯一の競争相手」と位置付けたうえで、「私たちの利益を促進し、価値を反映する新しい規範や合意を形作るのは中国ではなく米国である」と表明した。しかし、一つの国家が規範を提供するというのはどこまで行っても、対立と闘争にしか帰結しない。どの国も自国の正義と正当性を自覚し、それに固執し、正義観の使命のもと、対外的に主張する。しかし、大切なことは国家の正義は普遍的ではありえないし、それを押し付けようとすることが戦争・紛争の遠因となっている、ということである。国家の立場を超えたところにしか、平和のための規範を構築することはできない。世界共通の平和の秩序の条件が、唯一の国際秩序を平和なものにできる条件である。 ロシアと中国とアメリカの覇権主義から世界の平和を実現するのに、アメリカの規範に基づく指導権を持って実現するという文脈では世界平和は実現がむつかしいのではないだろうか。中国やロシアが主導して世界平和という方向性を目指すことは、この両国は考えてはいないように思われる。市民社会、民主主義、ということに世界の国々が賛同して初めて可能になることであるが、そのためには国家という枠組み自体を超える必要があるのではないだろうか。

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